球数制限はなぜ採用されない?甲子園での投手酷使は避けられないのか。

高校野球の甲子園というと、幅広い世代に好まれているものでもあります。

そんななかで毎年といっていいほど話題になるのが、投手の球数制限です。

ようするに一人の絶対的エースに頼りすぎるが故に起こる問題でもあります。

球数制限を設ければ良いのではないか?

なぜ球数制限を設けないのか。という意見もありますが、果たして球数制限を設けることで問題解決になるのでしょうか。

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球数制限はなぜ採用されない?

球数制限はなぜ採用されないのか?

それは球数制限を設けることで問題がたくさん出てくるからです。

たとえば1試合100球までの球数制限だとすると、待球作戦で球数を稼ぐ卑怯なチームが出てくる恐れもあります。

エースを降板させて、エースより劣る投手を引きずり出してという作戦です。

また公立高校は私立に比べると投手力が劣る傾向にあるので、私立高校有利ということにも繋がると懸念されています。

もし球数制限が実施されれば、各高校は最低でも3人くらいの投手を用意しなければならない。素質ある中学球児を集めることができるのは公立より私立なので、球数制限の導入によってさらに私立有利の状況が出来上がってしまう。これが高野連(日本高等学校野球連盟)には痛し痒しである。

そういったこともあるため、現状としては球数制限は採用されていないのかなと。

ただこれらの理由はあまり答えにはなっていないようにも思います。

球数制限を設けないかは、エースが投げきる美学があるというのが強いでしょう。

高校野球は体育の授業の一環です。
最後まで一人で投げ切るという美学は理不尽な大人、外部の人間の考え方、
根性論は軍国主義の名残だとすら感じます。
勝利至上主義に至っては本末転倒以外の何物でもありません。

いわゆる根性論に近いものですね。

球数制限をなぜ設けないかというのは、時代遅れとも言える根性論が未だにあるからということがいえるでしょう。

その根性論で潰された投手はかなりいるでしょうから、甲子園、高校野球においては球数制限含む対策を急ぐ必要があります。

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球数制限以外の対策は?

球数制限を設けるとチームによって有利不利がでてきますし、見応えもなくなるので面白くない!という意見も出てくるでしょう。

投球練習などを含めると球数は結構なものになりますから、投手への負担は計りしれません。

また試合では緊張によって、より疲労度が増すので精神的にも肉体的にも酷使が避けられません。

そうなると監督が球数への理解を示すしかありません。

高校球児は監督からまだ投げられるか?と言われれば投げられますとしかいえません。

チームの勝利も大事ですが、一番は部員の体が大事です。

また、勝ち上がる為には投手一人では難しいです。

勝ち上がることを意識して、ある程度試合を作れる投手を育成するべきです。

根性論は時代遅れという意識をみんなが持つことが大切と言うことですね。

根性論は高校野球の発展を妨げる悪しきものです。

以上、球数制限はなぜ採用されない?甲子園での投手酷使は避けられないのか?でした。

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